以前、テレビで「西田敏行の泣いてたまるかシリーズ」というのがありました。こんな話です。
西田敏行が演ずる中年の美容師のところに、ある日、「あなたの奥さんが不倫をしている現場写真があるので、買わないか」という連絡が入ります。電話をしてきたのは若い女です。写真を見てみると、妻が確かに若い男と楽しそうに歩いているのが写っています。そして相手の男はこの店の客で、親しくしている人です。西田敏行は早速男を問い詰めますが、そういう事実はないことが分ります。男は奥さんに好意を持っていたけれども、それだけのことで何もしていません。この写真の時も、自分の家庭のことについて相談していたのだと、男は言います。西田には、そういうことはなかったのだと分かりました。妻は決して自分を裏切るような女ではないことを、よく知っていたからです。その男は確かに多少遊びぐせがありますが、西田が見るところ、その男の言い分は信用ができました。妻が映っている写真は、この男の妻が依頼した調査で撮られたものでした。西田は「買わないか」という要求を即座に断ろうと思いましたが、連絡してきた若い女の一言で態度を変えます。その女はこう言いました。
「奥さんは、今日もその男と会ってましたよ」
今日も会っていたって?そんな筈はない。何故なら妻は一年前に死んでいるのです。西田の美容院は、妻と二人で作ったもので、妻は店の経営を軌道にのせるために身を粉にして働いてくれました。いいことなんて全部後回しにして、やっと経営が安定して、さあこれから少し余裕かなという時に、妻はあっさり死んでしまいました。妻の人生は、結局苦労しただけに終わりました。西田はその妻を思い、そのショックから立ち直っていませんでした。そんなことを知らないその若い女は、写真を買ってほしいために、奥さんが不倫を楽しむ様子を語り、西田に嫉妬心と怒りを抱かせるように語ります。しかしここで西田は、写真を買うと言います。そしてそれだけではなく、さらなる調査続行のお金まで払います。
それは何故でしょうか?西田はその女の作り話が聞きたかったのです。毎回、毎回、その女の不倫調査という作り話を聞いていると、西田は亡き妻が今も生きているような気になってきます。そして、その女が話すように、妻が自分を裏切っていきいきと不倫をしている姿を想像します。その輝いている姿をまぶたに浮かべて、我がことのように喜びます。良かったなあ、良かったなあ、いいことあって良かったなあと、心の中で泣きながら。
西田の心の中では、妻は死んではいないんです。まだ生きているのです。今にも笑顔で、「ただいま」と帰ってきそうな気持ちなのです。それゆえ、不倫の話をされても、作り話とは否定したくなく、かえって信用したいのです。それが事実であれば、不倫はくやしいけど、どんなにうれしいことかと。西田の流した涙には、このような想いが込められているのでしょう。もちろん、このドラマは作り話です。しかし、亡くなられた方の存在を死後も認め、その幸せを願うのは、みんなに共通する心情です。亡くなられた方へは、想いを続けることが、最もだいじな供養です。
榊晶一郎