「さくら貝の歌」という清らかな歌があります。女性の心をとらえた歌で、記憶に留めている方も多いと思います。倍賞千恵子さんが歌っていました。
(1)うるわしき桜貝ひとつ
去りゆける君に捧げむ
この貝は去年の浜辺に
われひとり拾いし貝よ
この歌には、元歌があります。
昭和14年に、鎌倉・由比ヶ浜の近く住んでいた作曲家(八洲(やしま)秀章)が、18歳の若さで死んでいった初恋の女性への思いを和歌に詠みました。
「わが恋のごとく 悲しやさくら貝 片ひらのみの さみしくありて」
という歌です。この歌を知り合いの作詞家が聞き、彼の心情を汲み取ってさくら貝の歌として整えたのです。
さくら貝は桜色をしていて、やや透き通るような感じで光沢があります。小さいのでちょっと力を入れるとわれそうな繊細なものが多いです。元歌の「片ひらのみの さみしくありて」というのは、さくら貝は二枚貝なのですが、波に洗われて一枚になり、さみしそうだ、という意味です。それは初恋の女性の姿でもあります。彼女は自分と別れて一人で浄土に旅立って行った。一人で淋しかろうに。そのような想いが込められています。それが作詞家に伝わり、「さくら貝の歌」になったのです。
あなたは一人で往った。それは片側だけのさくら貝のようです。だからもう片側のさくら貝をあなたに贈ろう。それはあなたが亡くなって、一人残された私でもあり、その胸はこのようです。
(2)ほのぼのと うす紅染むるは
わが燃ゆる さみし血潮よ
はろばろと 通う香りは
きみ恋うる 胸のさざなみ
ああなれど
わが想いは儚(はかな)く
うつし世の渚に果てぬ
この女性の名は八重子と言いました。元歌の作者の名は、八洲(やしま)秀章といい、八洲はペンネームです。八という字は八重子の八で、他の字も彼女の戒名からとって名づけたそうです。つまり彼は、亡くなった女性の名からペンネームを作り、それを終生用いていたのです。彼女と一体となって生きたのです。現世も来世も一緒という意味で、先立った人の戒名の中に自分の名前の一字を入れるというのもよく行われています。その希望のある人は、戒名ご依頼のときに、住職様によくお伝えしておきましょう。
榊晶一郎